更新日:2021.04.16
執 筆:整体師 角道征史
これまでに、脳は、体の脳・心の脳・頭の脳と三層構造になっているということをお伝えしました。
それに見合った欲求や幸せを人は求めるということでしたね。
心の脳の欲求、愛されることに引き続き、今回は、認められることについてみていきましょう。
人間は、生きていくための最低限の生活ができることによって、つまり、体が安定することによって、心の安定を求めるようになります。
それは、成長段階における家族とのつながりであったり、生命の存続にかかわるパートナーとの関わりであったり、社会的なコミュニティにおける関係性などに見出されていきます。
心と心が深く結びついていなくても、コミュニティに所属することだけで安心感を得ることもできます。
家族以外では、学校での仲良しグループや部活、サークルや会社、趣味の集い、ネットゲームやSNSなどのつながりも当てはまります。
いわゆる所属の欲求というもので、一人ぼっちでいることに不安を感じてしまうので、誰かと一緒にいることで、安心感を得ようとするのですね。
セロトニンが分泌されることによって、体の安全だけでなく、心の安心まで得られるようになります。
みんなと一緒にいるという安心感よりも、さらに心が満たされるためには、愛し、愛されることが必要になります。
そうした深いつながりを持つのは、親子であり、夫婦であり、パートナーであり、ときには兄弟であり、仲間と呼べるような友人関係や、先輩後輩、師弟関係だったりします。
自分のことをわかってもらえている、自分という存在を受け入れてもらえているということが自信になり、自分の心の拠り所になるのですね。
そうした関係性がない場合、特に、夫婦や親子、パートナーなどの間で、お互いを愛し愛される関係を保てない場合は、不幸でしかありません。
心が安定し、癒されるどころか、身近な存在がかえってストレスになってしまい、自律神経が乱れる直接の原因になってしまいます。
本来なら、その心のつながりによって分泌されるはずの幸せホルモン、オキシトシンが出るどころか、逆にコルチゾールが分泌されて、ストレスに立ち向かわなければならなくなります。
そんな状態のままではやっていけないので、身近な関係以外のほかの場所で、その代わりになるもの、幸せホルモンが分泌されるものを求めてしまうのですね。
心の浮気や仕事、買い物・ギャンブル・アルコール・セックス・ゲームなどの依存症もこれにあたります。
コミュニティに所属することで安心感を覚え、人とのつながりがしっかり持てることで、心は安定します。
それだけでなく、さらに多くの人に認められ、受け入れられることで、自分には価値があるのだということを再確認します。
いわゆる承認欲求というものです。
この承認欲求が問題となるのは、その欲求が大きくなり過ぎるときです。
人間の成長過程で、最も愛情を受けて満たされるのは親、特に母親との関係になります。
親に充分に愛された体験があると、自分に自信が持てます。
ところが、親の愛で充分に満たされていない場合には、愛され足りていないがゆえに、自分が本当に存在していいのか、自分には価値があるのか、確証が持てません。
親の愛が不十分だとしても、代替の愛し愛される関係が他の場所で築けていれば、問題ありません。
しかし、それすらも足りていない場合、愛の穴埋めのために、他人に認められることを過度に追い求めてしまいます。
「いいね」を求めて、そのための生活をし、疲れてしまう。
相手に悪く思われないように、自分を犠牲にして行動してしまう。
認められることは嬉しいものですが、自分を犠牲にし過ぎて、自律神経を乱さないように注意しましょう。